徳川御三家・水戸藩の城下町だった水戸市には、その歴史にふさわしい伝統的な和菓子があります。そのうちのひとつである「吉原殿中」が今回のテーマです。「吉原殿中」を含めて、「水戸の梅」「のし梅」「梅羊羹」の4商品は、同一商品名でさまざまな和菓子メーカーが腕を競っています。そのため、見た目は似ていても、味や歯ごたえがそれぞれ異なり、それを食べ比べるのがファンの楽しみになっています。伝統を大事にしながら、工夫を重ねて進化している「吉原殿中」のヒストリーに迫ります。

吉原殿中は、黄粉と水あめでくるんだ餅を細長く切った円筒形の和菓子です。作るには、まず乾燥もしくは凍らせた餅を、細かく砕き、炒ってふくらませたものに砂糖と水あめを加えます。その後、黄粉と水あめをくるみ、細長く円筒形にしていきます。餅がどんどんと細長く伸びて行き、かなりの長さになります。それを、ほどよい長さに切って出来上がりです。サクサク感とモチモチ感の両方が味わえるうえ、素朴な黄粉の香りと適度な甘さが特徴です。機械化が進められている現代にあっても、ほとんど手作りで作られています。

水飴と黄粉を絡め、棒状に伸ばした吉原殿中

あさ川製菓では水戸の梅まつり期間中、偕楽園の御成門前で売店をオープン。ここでは吉原殿中の実演販売を見ることができます。

それにしても「吉原殿中」とは、歴史を感じる物々しい名前です。どんな歴史があるのでしょうか。吉原殿中が生まれたのは江戸時代。水戸藩9代藩主の徳川斉昭公の治世です。斉昭公は文武を奨励し、自らも質素な生活を心掛けていました。そのため、殿中の女中たちも殿様に倣い、節約に努めたのです。その中に、「吉原」という名前の女中がいました。彼女は、食事の後に残ったご飯をなんとか利用できないかと考え、残り飯を良く洗って乾かし、それを炒ってから黄粉をまぶしてみました。すると大変美味しかったので、斉昭公に差し上げ、「美味である。ぜひ天下に広めよ」という言葉をかけられました。そして、菓子職人たちが工夫を重ねていき、水戸の銘菓として有名になっていったのです。

吉原殿中をアレンジしたスイーツ「殿中パフェ」。

「吉原殿中」は水戸菓子工業協同組合が商標登録しており、組合に加盟している井熊総本家、亀印製菓、あさ川製菓、菓舗もとや、吉田屋、前田屋製菓がこの商品名を使用して、吉原殿中を作っています。基本的なイメージは共通していますが、味や形、色などに各メーカーの個性があります。このように複数の菓子メーカーが競うあうことで、吉原殿中は伝統を守りながら進化しているのです。たとえば、あさ川製菓では、熟練した職人が絶妙な配合をすることで、“柔らかな食感”を実現しています。また、笠間芸術の森公園の中にあるクラフトカフェでは、あさ川製菓の吉原殿中を使って「殿中パフェ」というスイーツを作り、話題になっています。

 

亀印製菓のお菓子博物館では、吉原殿中の生産を見学できます。

 

手前が水飴で奥が黄粉。

水飴を餅米に混ぜて、なじませます。

今度は黄粉をまぶして、よく混ぜます。

板を使って、餅を伸ばして行きます。

どんどん長くなっていきます。

こんなに長くなります。後で、まとめて切り、袋詰めします。