日本には現在、地ビールを作る醸造所が各地に数多くあります。全国地ビール醸造者協議会の会員だけでも100軒近くに上り、さらに大小合わせると200ヵ所前後あるともいわれています。そんな中、茨城県では、シャトーカミヤ、やみぞ森林のビール、ビアスパークしもつま、木内酒造を中心にした地ビールが、広く県民に親しまれています。中でも日本酒醸造190年に及ぶ歴史を誇る木内酒造の地ビール「常陸野ネストビール」は今や、茨城県の枠を超え、更に日本を飛び出し、世界20ヵ国で飲まれている人気ブランドになりました。日本酒の醸造とは畑違いのビール醸造に、ゼロから果敢にスタートした木内酒造。同社にとってもメイン商品に成長した、地ビールの魅力を聞いてみました。

1994年に酒税法が改正されたのが地ビール誕生のきっかけです。これまでは最低2,000klを製造できる規模でないとビール製造の免許は取得できませんでした。しかし、その最低ラインが60klに引き下げられたのです。これによりハードルは一挙に低くなり、小規模なビール製造所(ブルワリー)が次々に誕生。それぞれのブルワリーによる個性的な味は、新鮮な驚きと共に、社会に迎え入れられました。
木内酒造が地ビール製造に乗り出したのは1996年。茨城県那珂市鴻巣の本社の一角で始まりました。恐る恐る踏み出した一歩でしたが、熱意と工夫が実を結び、2000年、2001年にはドイツDLG品質保証で2年連続最高位受賞、2002年には英国ABTコンテストで世界チャンピオンに。評判を聞きつけた海外輸入元からの引き合いが多くなり、2002年から輸出をスタートさせるまでになりました。

2000年、2004年にワールドビアカップで金メダルを獲得

モルトを貯蔵しているサイロの前に立つ谷さん

1994年以降誕生したブルワリーの多くは、外国の地ビールの味に近づこうと努力しました。本場ドイツ風バイツェン、本場イギリス風エールなどなど。木内酒造はそこからいち早く脱却、「日本のビールを送ってくれ」という海外の輸入元からの厳しい注文に応えるためでした。「それはそうですよね、本場からいくらでも輸入できるのに、○○風は必要ないですよね」と話すのは、木内酒造ビール醸造の柱・谷幸治さん。
日本らしさを求めてさらに工夫が始まりました。「ホワイトエール」は、ベルギーの小麦ビールのスタイルです。しかし、そのホワイトエールにハーブなどのスパイスを加え、エスニックでオリエンタルな味に仕上げることに成功。「レッドライスエール」は、古代米を加え、赤いビールにストロベリーのようなフレーバーがベストマッチな、日本独自のテイストのビールになりました。

「ここでしかできない」が地ビールの特徴。写真は「ニッポニア」。

「日本酒というのは高みに向かってそぎ落としていくイメージ。いってみれば蕎麦のようなもの。それに引き換えビールは、組み合わせ自由で、楽しいイタリアンパスタ」と谷さん。たとえば、同社の看板商品の一つ「ニッポニア」は、日本のビール麦の原種「金子ゴールデン」を使っています。この麦芽は実は、現代人の嗜好にマッチしたビールを作るのに適しているとはいえないにもかかわらず、「面白いから」と進めたもの。ところが、それを活かすホップ「ソラチエース」と「運命的なマッチング」(谷さん)を果たします。昭和50年頃に、日本で選抜育成された、日本生まれのホップでした。地ビール醸造は、前衛的に、自由な発想で、歴史を作っていくもの…。同社で様々な地ビールが生まれた背景には、こんな考え方がありました。
ここでしかできない、ここだからできた。そんな地ビールだからこそ、グローバル化が進む世界にあって、輝きを放つのかもしれません。

 

発芽した麦・麦芽を細かく砕きます。

麦芽と温水を混ぜ、糖化を進めます。

麦芽の殻を利用してろ過します。

ホップ、スパイスなどを加え醗酵室へ移動。

注意深く醗酵が進めたビールを貯蔵。

瓶にビールを充填し、その後ラベル貼り。