水戸の銘菓といえば、やはり梅にまつわるものが多いようです。「水戸の梅」「梅羊羹(ようかん)」…、中でも今回絶品ヒストリー2番手として取り上げた「のし梅」は、竹の皮で挟んだ民芸調の包装が喜ばれ、贈答用としても根強い人気を誇っています。
県外にも広く知られる「のし梅」ですが、その成り立ちは案外知られていません。水戸に本社を構え和洋菓子製造・販売を手がける、銘菓の老舗・あさ川の協力を得て、その歴史や製造過程をご紹介しましょう。

発端は明治23年。当時県令(今の県知事)だった安田定則さんが、梅を楽しむ一環として、花だけでなく風味を味わえるものを作ってはどうかと勧めたことから。その時既に、旧水戸藩主・徳川光圀と斉昭両公が植えた数千本の梅は、シーズンともなると多くの観梅客が訪れる水戸のシンボルになっていました。
この見事な梅の花を愛でるだけではなく、お菓子として表現出来ないかという試みの中、作られたのが「梅羊羹」。偕楽園の梅の花を表現した、雅やかな和菓子が誕生しました。梅全般への造詣が深く、梅の実の利用についても多くのアイデアを残した斉昭の時代に、開発のヒントがあったとも伝えられています。この流れの中で、梅を素材にした水戸の和菓子が次々に作られ、ついに「のし梅」が登場しました。

包装前の「のし梅」。美しいあめ色が特徴です。

枠の中に並べられ、商品サイズに裁断されます。

梅はお菓子を作る素材としては、特に理想的というものではないという話もあります。酸味のバランス、甘みとの兼ね合いが難しいということでしょうか。梅の酸味を甘みで包む工夫、ゼリーではあるもののしっかりした食感を残す選択。様々に研究を重ね、全体のバランスをとりながら絶妙に仕上げることに成功したのが「のし梅」です。竹皮による包装は、食べやすさと同時に風情を感じさせる演出でもありました。
「梅」は昔から、日本人の食生活の中で重要な位置を占めていました。もう一つの生産地、山形県ではむしろ、夏場の民間薬、胃薬や気付け薬にそのルーツがあるほどです。「のし梅」は、そんな梅との長い歴史が育んだ親しみのあるお菓子です。身近に様々なお菓子があふれている現代にあって、依然として好まれ続ける理由はその辺にもありそうです。

お土産としても圧倒的な支持を得ています。

今回取材にご協力をいただいたあさ川製菓では、約100アイテムの和洋菓子を製造しています。そのうちの約20アイテムが梅にまつわるもの。そして同社の売り上げの約半分が梅の菓子によるものです。
特に水戸市の菓子業界では、「のし梅」のほか、「水戸の梅」「梅羊羹」を、多くのメーカーが同一商品名で製造・販売し、それぞれが味を競い合う形になっています。水戸といえば梅の菓子というアピールを県内外に示す上では、このようなシステムが大きな原動力となっています。
「のし梅」製造の技術は、ここだけに留まらず、たとえば、求肥でつつんでさらに高級な和菓子に仕上げた「偕楽」(あさ川製菓)の登場など、明治の人々が生み出した技が、現在の水戸を元気にしているわけです。

 

寒天に砂糖を加え約100度で30分間煮詰めます。

梅肉ピューレを加え、十分に撹拌し、均一にします。

口当たりを良くするため網で漉しながら別容器に。

型に流し込み、扇風機で風を送り冷まします。

型から外し、カット。包装台の横に設置します。

竹の皮で上下をはさみ包装。この後裁断します。